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著:ローベルト・ゼーターラー 訳:浅井晶子 版元:新潮社(クレストブックス) P246 四六判変型 2022年10月刊 装丁:新潮社装幀室
「野原」と呼ばれる墓地のベンチに座り、毎日のようにもの思いにふける老人がいる。死者たちの語る声を聴いていると信じており、その声は鳥のさえずりや虫の羽音と同じようにはっきりと聞こえるが、意味を成すことはないという。語るのは、パウルシュタットという架空の町に生きて死んだ、29人の死者たちで、語り口はさまざま。断片を積み重ねて語る人、たった一言、罵りの声をあげる人、気持ちのずれに気付かずに墓を訪れた妻と対話する夫。共通するのは、体温のなさだ。平凡で小さな町だが、司祭による教会への放火や、池で溺れ死んだ子供―といった、町の人々の共通の記憶になるいくつかの事件も起こる。町は私たちが生きる社会の縮図でもあり、声の背後には、戦争や汚職といった、大きなものに翻弄された人々の姿も見えてくる。死者の声は次第に輪唱のように重なり合い、町の全体像を表していくのだが、取るに足らない人生のつらなりに耳を傾けているうちに、生の肯定をうながされ、死を受容する気持ちにもなるような本。