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著:川上未映子 版元:文藝春秋 P656 文庫判 2021年8月刊
主人公・夏子はAID〈パートナー以外の第三者から精子提供を受ける人工授精法〉での妊娠・出産を考えているが、精子提供で生まれ遺伝上の父を探している男性と出会うことで、生命の意味を問い直すことになる。夏子が「産むこと」について考え続けるあいだに聞こえてくるさまざまな声は、どれも説得力があり、切実だ。「産むこと」には意思があり、「生まれること」には決定権がない。命の誕生とはなにかと、それらの声が問いかけてくる。物語は社会的問題、倫理的問題を孕みつつ進むが、筆致はあくまでも軽やかだ。大阪弁を交えた語りは、見事に泣き笑いを誘い、彼らの存在感は真実味を帯びる。もはや私の脳内では、登場人物が実在しているような気がしている。夏子と姪の緑子が観覧車に乗る場面が好きだ。ぶどう色の夕焼けの中、姉・巻子との幼い日の思い出を、夏子が緑子に語る。「ほんまのことなんてな、ないこともあるんやで、なんもないこともあるんやで」と巻子は言う。家族とは、実はどんな形でもよくて、その形は、私たちひとりひとりが決めることができればよいのではないだろうか。※文庫版です。