著:村井理子 版元:亜紀書房 P192 四六判並製 2022年2月刊 装丁:名久井直子 DTP:コトモモ社
昭和40年代、舞台は港町にある古い木造二階建てアパート。著者の一人称で物語は語られていく。ジャズ喫茶の経営に疲れ果てていた母に、気難しかった父、問題行動の多かった兄もみな他界しており、家族は記憶の中にしかいない。本作のカバーにあしらわれた古ぼけた写真には、幸せそうな家族が写っている。若い両親と兄妹の四人家族。問題をひとつも抱えていない家族など、おそらく存在しない。「問題」はそれぞれ固有のものであっても、トラブルが生じた時に湧く感情は、普遍的なものではないだろうか。父と兄の不仲、すれ違っていく母と父の関係、自立できない兄へ援助し続ける母。壊れていく家族関係を綴りながら、どうすればよかったのかと著者は考える。後悔の念に駆られるということは、かりに憎悪する瞬間が存在したとしても、少なからず愛情があったということだ。家族の記憶は、たとえ痛みを伴ったとしてもかけがえがない。過去なくして、現在の自分はないのだから。